梁楷《李白吟行図軸》南宋時代・13世紀、東京国立博物館蔵(重要文化財)
李白。
中国・唐の時代、701年に生まれた詩人です。字は太白、号は青蓮居士。杜甫と並ぶ中国詩史の大詩人で、後世には「詩仙」と呼ばれました。もっとも、その人物像は仙人というより、旅をし、酒を飲み、山河を眺め、時には宮廷にも出入りする、かなり賑やかな人だったようです。
李白の詩には、月がたびたび現れます。
なかでも有名なのが「月下独酌」です。
花間一壺酒 独酌無相親
挙杯邀明月 対影成三人
花のあいだで、一壺の酒をひとり飲む。相手はいない。
そこで杯を持ち上げ、明るい月を宴へ招く。すると自分の影も加わって、いつの間にか三人になった――そんな詩です。
少し考えると妙な話です。
月は酒を飲めませんし、影ももちろん飲めません。それでも李白にかかれば、孤独な一人酒が三人の宴になってしまう。寂しさを嘆く代わりに、月と影を勝手に友人にしてしまうところに、李白らしい大らかな想像力があります。
しかも、この「月と酒」の組み合わせは、後世に李白自身の伝説まで生みました。
李白は酔って舟に乗り、水面に映った月を抱こうとして川へ落ち、そのまま亡くなった――という有名な話があります。ただし、これは史実として確認された最期ではなく、後世に広まった伝説です。実際には762年、現在の安徽省当塗で亡くなったとされています。
それでも、なぜそんな話が生まれたのでしょう。
おそらく人々にとって、「月を抱こうとして死んだ詩人」という結末が、あまりにも李白らしかったからなのでしょう。本人が作った詩だけでなく、後世の人々まで彼の人生に一篇の詩を付け加えてしまった、と考えると面白いところです。
そして、李白を描いた作品として特に有名なのが、南宋時代の画家・梁楷による《李白吟行図》です。
描かれているのは、詩を口ずさみながら歩く李白。衣服の輪郭も顔も、驚くほど少ない筆で描かれています。東京国立博物館は、この作品を梁楷の「減筆体」の代表作としています。李白が生きた唐代ではなく、作品は南宋・13世紀のものなので、実際の李白を写した肖像ではありません。むしろ、死後数百年を経て人々が思い描いた「詩人・李白」の姿です。東京国立博物館
数本の線だけで、人が歩き、衣が揺れ、口から詩まで聞こえてきそうに見える。
李白の詩が、わずかな言葉から月夜や山河を立ち上げるように、梁楷の絵もまた、わずかな筆から一人の詩人を立ち上げています。
言葉を減らして景色を生む詩と、線を減らして人を生む筆。
李白を読む楽しさは、そんなところにもあるのかもしれません。